顕宗といふ笛吹き


 堀河院の御時、勘解由次官顕宗とて、いみじき笛吹きありけり。ゆゆしき心おくれの人にてぞありける。 院、笛聞こしめさむとて、召したりければ、帝の御前と思ふに、臆して、わななきて、え吹かざりけり。本意なしとて、相知る女房に仰せられて、「わたくしに、局のほとりに呼びて、吹かせよ。」と仰せられければ、月の夜、かたらひ契りて、吹かせたり。女房の聞くと思ふに、はばかる方なく、思ふさまに吹きける、世にたぐひなく、めでたかりけり。帝、感に堪へさせたまはず。日ごろも上手とは聞こしめしつれど、かばかりはおぼしめさず。「いとこそめでたけれ。」と仰せられたるに、「さは、帝の聞こしめしけるよ。」と、たちまちに臆して、さわぎけるほどに、縁より落ちにけり。 さて、「安楽塩」といふ異名をばつきにけり。


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