丹波に出雲といふ所あり


丹波に出雲といふ所あり。大社を移して、めでたく造れり。しだのなにがしとかや、しる所なれば、秋のころ、聖海上人、その外も人あまたさそひて、「いざたまへ、出雲拝みに。かいもちひ召させん。」とて、具しもて行きたるに、おのおの拝みて、ゆゆしく信おこしたり。御前なる獅子・狛犬、そむきて、後ろさまに立ちたりければ、上人いみじく感じて、「あなめでたや。この獅子の立ちやう、いと珍し。深き故あらん。」と涙ぐみて、「いかに殿ばら、殊勝のことは御覧じとがめずや。無下なり。」と言へば、おのおの怪しみて、「まことに他に異なりけり。都のつとに語らん。」など言ふに、上人なほゆかしがりて、おとなしく物知りぬべき顔したる神官を呼びて、「この御社の獅子の立てられやう、定めて習ひあることにはべらん。ちと承らばや。」と言はれければ、 「そのことに候ふ。さがなき童どものつかまつりける、奇怪に候ふことなり。」とて、さし寄りて、据ゑなほして往にければ、上人の感涙いたづらになりにけり。
                      (第二百三十六段)


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